子供が生まれたとき、看護師見習いの方にたいへんお世話になりました。子供が6月生まれなので、たまたま、看護実習の時と重なったためです。出産の後の、汚物の交換までしていただきました。「勉強になるから」とおっしゃっていました。ありがたいことでした。母乳の役割なども調べていただいて、資料もいただきました。忙しいのに、うれしかったです。たいへん親切で、入院しているのも元気が出ました。

 

その看護婦士さんは、若いのに学生結婚で、もう、お子様がいるとおっしゃっていました。もしかしたら、もう、5人ぐらいのお母さんかもしれません。10年以上も昔です。大ベテランの看護士さんになっておられることでしょう。会いたいです。りっぱ過ぎて、こちらが引いてしまうかもしれません。出産の思い出ですが、このことだけは忘れることができません。

うちの姉も看護師さんですが、夜勤があり大変だそうです。夜勤は、週に3日はあります。そこで、介護施設に転職しました。もう、15年以上働いています。そこで、ケアマネージャーの資格も取りました。大変自立しています。人生の選択で、先を読む力や、家の人の情報のあるなしで、子どもの人生は変わってきてしまいます。看護師さんは、先に未来の職業としては、大変良い選択でした。私も、子供には、この選択をさせようかと考えています。

 

以前であれば、国立大学の看護科が注目されることは、あまりありませんでした。今は、大人気です。京都大学、東京大学にもあります。需要があるということですね。看護師さんは、堂々としています。一般の人よりもです。患者さんは順番を待っているので、いつも看護師さんをみています。きっと、頼もしい存在としてみているのでしょう。

 

さらに保健師の資格も取得して、行政や産業で活躍してくれたら嬉しい限りです。やはり保健師は待遇もいいようですね。

 

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同じ高校の後輩の医師の人が石川県に住んでいるのですが、その人の奥様が看護師さんです。ダンナ様の後輩よりも身体が大きくて、堂々とした母性的な体格なので、ダンナ様は彼女のことを、ますむらひろしという漫画家の作品に出てくる大食いの猫の「ヒデヨシ」から、「ひでよしさん」と呼んでいます。

 

たぶん、後輩はかなりマザコンなのではないかと思います。ひでよしさんは優しくていろいろ気がつく女性で、本当にお母さんみたいな感じでダンナ様のことを見守っています。お二人にはお子さんがいないので、ひでよしさんはずっと看護師さんを続けています。大学院に通って、博士号まで取って、看護師さんたちを指導する立場になられているようです。

 

私は何度か石川県に旅行した時にお二人に会いました。ひでよしさんは本当に親切で優しい看護師さんだと思いました。

私の母はもう30年以上前に55歳で亡くなっていますが、もと看護師でした。当時は看護婦さんと呼んでいましたが。私たちが生まれた後は仕事をやめていたので、母が看護師だったと知ったのは、母の看護婦姿の写真を見た時です。

 

「えっ お母さん看護婦さんだったの?」と驚いて聞いたら、「いやだ、恥ずかしい」と言っていました。母が看護婦になったのは戦時中のことで、まだ10代の半ばぐらいのころでした。女学校を出てすぐに看護学校に入ったのは、従軍看護婦になりたかったからだそうです。戦時中は従軍看護婦になることに憧れていた女の子はけっこう多かったらしいです。

 

九州の佐賀出身の母は、佐世保の海軍病院で働いていたとのことです。今思えば、戦地に派遣されずにすんだのは幸運なことでした。佐世保にいたために、長崎の原爆にも巻き込まれずにすんで、戦争の時代を生き延びることができました。戦後は東京に出て武蔵野の病院で働き、そこで父に会って結婚したのだそうです。戦争のころのことは辛いから思い出したくないと言っていた母ですが、そういう経緯をいつか話してくれたことがありました。

医療機関で働く看護師さんは、医師と患者さんの間を取り持つ大切なお仕事をしています。患者さんの病気やケガを治すのはお医者さんですが、お医者さんだけではたくさんの患者さんの治療をする事はできないのです。看護師さんがこまごまとした治療のお手伝いをしてくれるからこそ、お医者さんは患者さんの治療に専念する事が出来ます。

 

また看護師さんは医療行為をするだけでなく、患者さんの身の回りのお世話までしなくてはいけないのです。看護師さんは医療行為と言う専門性のある仕事と、患者さんの身の回りのお世話と言う雑用までこなさなければならないのです。にもかかわらず、看護師さんの待遇は決して良いとは言えないのです。

 

患者さんの命を預かる仕事をしていながら、現状の待遇では割が合わないと言えます。今後看護師の需要は高齢化社会で増える事が予想されますから、今の内に待遇改善が必要だと思います。